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治療家になった経緯と想い

皆さんこんにちは。

高槻市で整体院を営んでおります ユーカリ整体院 の樋口です。

今回のブログは、いつものような症例についてのお話ではありません。

 

私がなぜ治療家になったのか

どういった想いで整体院を営んでいるのか

少し私自身の話をさせてください。

 

先日、インスタグラムで同じように自己紹介の記事をアップロードしました。

すると、各方面からコメントやメッセージが届き、想定外の反響だったのです。

 

ここで気づきがありました。

どのような施術者なのか知ってもらうことで、患者さんの安心にも繋がるのではないか。

そう思ってこのブログを書くことにしました。

インスタグラムの記事を見られた方も、この度の内容はさらに少し深く踏み込んでいます。

興味がありましたら、ぜひ最後までお読みください。

 

母を失った日

私の過去に遡ります。

私は3人きょうだいの長男として育ちました。

両親は離婚し、シングルマザーの母親に育ててもらったのですが、私が中学1年生の時、母親がくも膜下出血で倒れました。

これで、きょうだい3人を見てくれる人もいなくなり、私たちは児童養護施設で育つことになります。

それまで当たり前にあった日常が、一瞬で崩れ去った瞬間でした。

 

当時、中学校の担任の先生からはこう言われました。

「あなたが自立して、きょうだいの面倒をみないといけないよ

その言葉が、「自分の力で生きていこう!」と思えた瞬間でした。

その先生は今でも恩師として尊敬していますし、卒業してからも気にかけてくれています。

 

運命を変えた出会い

中学を卒業して高校時代、私はバスケ部に所属していました。

ある日、怪我をきっかけに、立てないほどの腰痛に苦しみます。

何件も病院を回りました。でも、一向に良くならない。

 

整骨院にも、全部で3軒通うことになります。

初めに行った整骨院では屈強な強面の先生が私に馬乗りになり、強刺激だったのが怖くて通院を断念。

2つ目の整骨院では、腰をマッサージしてくれるのですが、体の状態や通院目安の説明もなく、不安になって辞めてしまいました。

 

「もう治らないかもしれない…

そう諦めかけていたとき、最後に紹介された整骨院の先生が、不思議なことをしたんです。

 

なんと腰ではなく、私の右足首を触って調整してくれたのです。

すると、腰の痛みが瞬く間に消えて、衝撃と感動が生まれました。

その後も、どうして右足首を調整したのか。

どのようにしていけば回復していくか説明してくださり、希望の光が見えました。

 

「この先生のようになりたい…

これが、私が治療家を志した原点です。

 

厳しい修行の日々

専門学校時代は、朝から整骨院で働き、昼は学校、夜はまた勤務。

そんな毎日でした。

 

もっと学びたい。

その一心で医学書を買い、遠方のセミナーにも通いました。

研修費や移動費を工面するため、ATMの残高と睨めっこした日も、一度や二度ではありません。

 

資格取得後、最初に就職した職場は保険診療の不正をしているところでした。

当時、「こんなの、自分が思い描いていた世界と違う

そう思い、正義感で止めようとしたのですが、即クビになり、次の日からニート生活を余儀なくされてしまいます。

行き場を失い、苦しい日々が続きました。

 

「もっと学びたい!

「真っ当な仕事をして世の中に貢献したい!

このように強く思っていました。

 

でも、そこで転機が訪れます。

京都で有名な先生に弟子入りが叶ったのです。

当時は神戸に住んでおり、職場は京都。

残念ながら、すぐに引っ越すほどの貯金も私には残っていませんでした。

 

朝4時起き、帰宅は夜11時過ぎ。

そこから医学書を読んで…という生活だったので、1日の睡眠時間は3時間くらいだったと思います。

今考えると、「無理をしていたなぁ…」とは思うのですが、今でもこの決断が最適解だと思っています。

厳しい環境でしたが、ここで技術を徹底的に磨きました。

 

やがて患者さんから指名をいただけるようになり、日本人で100名もいないフランス式整体、LMO(メカニカルリンク)の認定資格も取得することができました。

その後、師匠から許可をもらって、休みの日は自宅で週末開業を始めることになります。

これは自分のスキルアップと、独立開業をすると決まっていたからでした。

 

しかし、休みなく働くと決意した反面、全く患者さんが来ないのです…

「このままじゃ独立開業できない…

そんな焦りから、時間があれば効果のないチラシを地域に巻き続けたこともありました。

それでも来ない…あれ、おかしい…

もっと遠方にも配りに行ってみよう!

そう思って車を走らせていると、自然と涙が溢れていました。

 

「自分のやりたかった仕事はこんなことじゃない!

そこから経営についても学び始め、良い出逢いにも恵まれ、徐々に患者さんが増えていったのです。

 

「誰かの役に立ちたい」という想い

その後にやってきたのが例の感染症です。

渦中の時には、来院できない患者さんのためにセルフケア動画を配信しました。

また、マスク不足のニュースを聞いたときには、地元の学校に3,000枚のマスクを寄付しました。

このことが新聞にも掲載され、私が住んでいる高槻市では、ちょっとした話題にもなりました。

「自分にできることで、誰かの役に立ちた!」

その想いが、今も私の原動力です。

 

妻の言葉が、背中を押してくれた

京都で修行しながら、週末は自分の患者さんを診るという日が何年か続きます。

休みなく働く私を、いつも支えてくれていたのは妻でした。

 

その妻が体調を崩したとき、毎晩施術を続けました。

少しずつ妻に笑顔が戻り、ある日こう言ってくれたんです。

 

「ありがとう!本当に助かった…

この一言が、独立開業へのさらなる後押しになりました。

 

「ユーカリ」に込めた覚悟

2021年、12月、ユーカリ整体院を開業

開業時は溢れんばかりのお祝いをいただき、人に恵まれていると感謝した瞬間でした。

実は、屋号である「ユーカリ整体院」という名前には、特別な想いがあります。

「ユーカリ」は、今は亡くなった母の名前「ゆかり」からいただいたのです。

 

これは、屋号に入れることで、覚悟を持って仕事をするためです。

よく患者さんから、「先生、コアラが好きだからですか?」って聞かれます笑

そこで、今回のような話をしてしまうと重い雰囲気になってしまうので控えていました。

 

あなたへのお約束

ここまで長々と開業までの道のりと想いを語りました。

これから来院なさる患者さんへお伝えしたいことがあります。

 

私自身も、腰痛、突発性難聴、パニック症といった症状を患い、「もう治らないかもしれない…」という不安を経験しました。

だからこそ、同じように悩んでいる方の力になりたいと強く思っています。

 

「腰痛がなくなって、趣味を楽しめるようになった

「頭痛が消えて、仕事に集中できるようになった…

こうした声をいただくたびに、この仕事を選んで良かったと感じています。

 

不調の原因を見つけ、根本から良くなるお手伝いをさせてください。

これからも、地域の皆様の健康を支え続けますので、どうぞよろしくお願いいたします。

お悩みがある方は、当院LINEからご相談ください。

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監修:樋口亮太/柔道整復師

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